『MOTHER マザー〜特攻の母 鳥濱トメ物語〜』


9月21日に観てきました。この1週間前の『Life Pathfinder』と全く同じ場所の新国立劇場の小劇場です。
大林素子さん主演によるこの作品、毎年公演されて今年で6年目の様ですね。出演者総勢50名を超える大舞台でした。
私は劇団ドリクラ2代目アイリ役の藍乃聖良ちゃんが出演するという事で観に行きました。


舞台は終戦間際の鹿児島県知覧町にある軍指定食堂の富屋食堂で、その食堂の女主人の鳥濱トメと特攻隊員たち、その周辺の人々の物語です。
主に何人かの特攻隊員の心情を中心に丁寧に、それぞれの家族、トメさんと娘さんたちとの対話を通じて、彼ら特攻隊員たちがどういう想いを胸に飛び立っていったか、そして残されていった者の想いが描かれています。実話を基にしていて、作中で引用される手紙なども実在する原文のままだそうです。
そういう流れですから、前半は次々と涙腺が崩壊しそうになって困る展開が続きますね。
でも彼らは…特に隊長の台詞で語られるのですが、彼らは決してだまされて特攻するのではなく、勝てるとも思っていなくて、軍上層部がより良い判断を決めてくれるまでの時間かせぎだと。それが自分たちの大事な人たちの未来を守る事につながるのならと。これは行動の形こそ違いますが、『アナと雪の女王』でオラフが見せた「自己犠牲」という「真実の愛」に通じるところがあると感じましたね。
その愛の形も様々で、自分が死んでも妻に再婚してほしくないと訴える者もいれば、自分が死んだら形見などと考えなくていいからさっさと換金して学費にしなさいという兄もいる。最後の夜に婚約者と籍だけでも入れようとして親と言い争いになる者もいれば、何かあった時に守ってやる事ができないから籍を入れないという者もいる。在日朝鮮人のため英霊として讃えられる事もなければ祖国からも叩かれるのをわかった上で自分から特攻に赴く者。残される家族のために自分の階級が上がるまで機体に細工をして特攻を先延ばしにし、「卑怯者」と罵られ殴られながらも耐える者。そういった各々のドラマが深く描写されていて観応えがありました。


後半は一転して、戦後。敗戦国となった日本にとって特攻は恥ずべき行為で、特攻隊員たちも軍部にだまされた愚か者だと。それに対して、その様な手のひら返しは間違っているとトメさんは反論するわけします。
その後、富屋食堂は今度は進駐軍の指定食堂になります。言葉も通じず、好き放題に振る舞う米兵の描写はとても緊迫感のある幕開けをし、そんな彼らへのトメさんの堂々とした対応に少しコミカルな要素も加わって、前半での涙必至の空気が緩和されていきます。とは言っても、この後半でも回想という形をとって特攻隊員たちの事は描かれ、米兵と特攻隊員たちのイメージが重なり、どちらも同じ様に戦争という悲劇に翻弄されながらも一生懸命に生きようとしたという点で何も変わりのない若者たちだという事が伝わります。
そして、食堂の中で特攻隊員たちと米兵が仲良く肩を組んで談笑する幻が描かれ、スクリーンには実際の特攻の映像が次々に映し出され、やがて現代の渋谷の風景へ。
バックに流れているのは一青窈の「ハナミズキ」…「僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃんと止まりますように 君と好きな人が百年続きますように…」
最後にまた、もうとめどなく涙腺崩壊の演出です。前半も終盤も、観客席のあちこちからすすり泣いている音がずっと聴こえてきた舞台でした。


特攻という行為は戦争において愚策ですし、決して美化できる物ではないと思います。でも、それによって散って行った特攻隊員たちは上層部に操られるだけのただのコマではなく、彼らもちゃんと自分の人生を生き、それぞれの意志を持っていた、それがしっかり伝わってくる舞台でした。
でも特攻や靖国というテーマは重いですし、ある種の抵抗を感じるのも事実で。聖良ちゃんが出演していなかったら自分から進んで観ようとは思わなかったでしょう。10代20代っぽい観客も多く見かけましたが、おそらく彼らも出演者目的だったのでしょうね。けれど、Twitter上で目にした感想などはとても好意的な物ばかりで、何かしらを感じる事ができた満足度の高い良い観劇体験だったと思います。
この作品から自分が感じた事は「平和」の意味はもちろんですが、「1人1人の生き方の大事さ」「他人を大切に想う事」「失った物は戻ってこないが、やり直す事はできる」などでしょうか。
この舞台の時代から、戦後から70年が経とうとして、私たちの日本の日常は一応は「平和」を維持できています。でもこの70年、世界のどこかしらでは何らかの紛争が続いていて、本当の「平和」が来た事などは一度も無いのだと思います。
いつかその日が来るのかわかりませんが、この様なテーマの作品を通じて、時には「平和」の意味について考えてみる事も大事なんだろうなと思いました。



さて、藍乃聖良ちゃんです。聖良ちゃんは女学生、なでしこ隊の1人である森要子役でした。
この舞台では20名ほど女性が出演していまして、その中ではもちろん主役のトメさんと2人の娘さんが出番が多いわけです。次に特攻隊員の家族たち、母親だったり妻だったり婚約者だったり妹だったり、彼女たちはそれぞれの隊員のストーリーに深く関わってくるために目立つわけですね。
なでしこ隊の少女たちは食堂に通って隊員たちをなごませる様な役割で、前半に舞台上にいる事が多いものの、実際にはモブに近いポジションでした。
ところが、聖良ちゃんの演じる要ちゃんは特攻隊員の1人である柴田(「特命戦隊ゴーバスターズ」のレッドバスターを演じていた鈴木勝大さんです)に恋い慕う設定なので、彼に関わる形でとても目立っていましたね、なでしこ隊の中でも突出するくらい。後半の戦後の場面でも登場していましたし。
最初になでしこ隊が登場するのは隊員たちに特攻人形を渡す場面なのですが、そこでは柴田だけ渡されないままなのですね。それを要ちゃんが気づくわけです。そして戸惑う様な、いたたまれない様な、悲しい様な表情。食堂内が明るく盛り上がっている中で、なでしこ隊の中に1人だけ反応の違う要ちゃんがとても印象深く訴えてきます。最初から存在感のあるキャラでした。
その後も幾つかの場面で1人だけ単独で動く事もあり、本当に重要でおいしい役だったと思います。
ただ、物語の性質上ね、笑顔の場面もあちこちで見られるのですが少ない。多くの場面では戸惑って、悩んで、悲しんで。そういう観ている側の心を不安に揺さぶる演技が中心だったのですね。作品の時代性と役柄もあって、大きく感情を表現できるわけではない、そんなギリギリ寸止めな演技がとても良かったです。


当日は幕張メッセTGSが開催されていて、劇団ドリクラのイベントもありました。聖良ちゃんはこの『MOTHER』があるためにそちらは欠席。私も「ピュア紳士の1人くらい聖良ちゃんにつき合って、今までがんばってお稽古してきた舞台を観てあげてもいいんじゃないか」と思ってこちらを選びました。その選択が報われるだけの甲斐と価値は十分以上にありました。
とても素敵で、可愛くて、真摯で、健気で、舞台にかける一生懸命さが伝わって来て本当に観に行って良かったです。
終演後にロビーで聖良ちゃんと少しお話をして、写メを撮らせていただきました。一瞬を切り取った画像も可愛いのですが、やはり私の腕とスマホじゃ力不足で、実際に動いて話してる聖良ちゃんマジ可愛いので、機会があれば積極的にイベントに足を運びたいですね。
と、余談ですが…この時に次回のドリクラライブでアイリとチェキを撮る約束をしてしまいました。玲香さん以外はダメという想いを貫くつもりだったのですが…目の前で聖良ちゃんに「チェキ撮りましょうよ」言われて断れませんわ。うん、アイリだけ特例で(汗